光の波間(LAK版”天国の階段”):竜神貢
書いてもらいましたw連載予定で天国の階段のエヴァLAKバージョン。
下記からご覧になれます。
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光の波間 第1話。
いつものお気に入りの入り江の岩の上で、カヲルは膝を抱えて座っていた。足の間に頭を挟みこんで外界をシャットアウトする。まだ幼いカヲルには現実逃避の方法が、それ以外思いつかなかった。
散々泣き腫らして重たくなった瞼も、微かに視界に入る夕暮れの紅い色も、何もかもが鬱陶しい。
肉親の死というのはこれほどに悲しいものなのかと、カヲルの中の冷静な部分は考えていた。渚財閥は国内有数の資産家で、父親は事業の為にいつも忙しく働いている人だった。一緒に過ごした記憶は殆どないというのに、交通事故で亡くなったという訃報を聞いた時には意識せず涙が零れていた。数少ない思い出がフラッシュバックし、脳裏に映る度に虚しさがこみあげる。
考えていても仕方ない…。
逃避の手段として今日何度目かの「第九を脳内で演奏する」行為を行おうとしたその時だった。
カツ、カツン。
軽快な音がカヲルの下を向いた頭の前方に響いた。夕陽の紅がかげる。
「アンタ、バカァ?」
あまりの言葉にカヲルは顔を上げた。いや、上げてしまった。声で幼馴染のアスカだとは分かった。分かったのに、あまりの驚きで顔を上げてしまったのだ。
父親を亡くしたばかり幼馴染に言うべきセリフなのか?
アスカはお気に入りの黄色いワンピースを身にまとい、カヲルの真ん前に仁王立ちになって腕組みしていた。夕陽のおかげで、黄色いワンピースはオレンジがかった色みにみえる。
カヲルの腫れぼったい瞼と高揚した頬を見て、アスカは愛らしい顔を思いっきりしかめた。
「ホントにバカね」
「な、なんだよ!うるさいな!」
「バカだからバカって言ってんのよ!なんか文句でもあんの?」
「…お父さんが死んじゃったんだ」
「知ってるわよ」
「悲しんでちゃ悪いのかよ」
カヲルの頬を膨らませた抗議を受け、アスカは少し言いよどんだものの小さな手をきつく握り締めて言った。
「一番悲しんでるのはアンタじゃないでしょ?…アンタのママなんじゃないの?」
「え…」
「今はこんなところで一人で泣いてる場合じゃないって言ってんのよ!ママの傍にいてあげなさいよ…。さっき、アンタのこと探してウチに来たのよ、アンタのママ…」
「…」
「アンタには私と違って、優しいママがいるんだからいいじゃない!」
カヲルはようやく気付いた。いや、思い出した。アスカも去年、母親を病気で亡くしていたのだ。カヲルは立ち上がると尻の埃をパンパンと手で払い落とし、目の前のアスカを見据えた。アスカは自分の母親を思い出したのか、唇を真一文字に結んでいた。大きな蒼い瞳が心なしか潤んでいる。
「ありがとう、アスカ。ボク、帰るよ」
ひらり、と岩から飛び下りて砂浜を駆け出すと少し先に黒塗りのリムジンが停まっていた。執事のキースがカヲルが近付くのを確認し後部座席のドアを開いた。車に乗り込む前にカヲルが振り返ると、今度はカヲルの定位置にアスカが座りこんでいた。
「ありがとう」
カヲルは誰にも聞こえない小さな声でもう一度アスカにお礼を告げると、リムジンへと乗り込んだ。
カヲルとアスカは幼馴染で、家同士が家族ぐるみの付き合いをしていたこともあり、二人はまるで兄妹のように育った。年齢はカヲルが一つ上だったが、アスカはカヲルのことを大抵「アンタ」呼ばわりしていた。少し大きくなって二人きりの時には、アスカはカヲルを「フィフス」と呼んだ。祖父祖母父母の次に大切なので五番目という意味らしい。
お互い片親で一人っ子という共通点からか、二人の心の距離が近付くのに、それほど時間はかからなかった。
カヲルはある日いつもの岩の上で、横に座るアスカに尋ねた。
「アスカ。ボクは高校は海外へ行くことに決まってるんだけど、アスカも一緒に行かないか?」
「…そ、そんなに行ってほしいって頼むんだったら、行ってあげないこともないけど…?」
アスカはいつも通りの反応だが、これはイエスなのだとカヲルはもう知っていた。
「一緒に行けるなら、きっと楽しいよ」
「でも、パパは許してくれるかな?」
「ボクからも頼んでみるよ。ゲンドウおじさんは顔は恐いけど、話せばわかってくれると思うよ」
そうよね。フィフスと二人で留学か…。
アスカは胸が躍るのを感じた。カヲルといるだけで幸せな気持ちになる。なんだか急に恥しくなり、身を捩った。その時にふと指が触れ合う。
「あ…ごめ…」
「いいよ」
すぐに避けようとしたアスカの白く細い指先を、カヲルは素早く、それでいて優しく掴んだ。二人の間で組み合わされた指先が熱い。二人の腰掛ける岩に打ち寄せる波音だけが辺りに響く。
「ずっと、こうしていられたらいいのに。そう思わないかい?」
「そうね。でも、フィフスと留学も楽しみだわ」
アスカはそう言って水平線を眺めた。この海の向こうでのカヲルとの新しい生活。考えただけでドキドキした。
早速家に帰ると、父親のゲンドウ教授の部屋を訪れる。
ゲンドウは大学で教授として教鞭をとっており、部屋は専門書のかび臭い匂いで溢れている。アスカがこの部屋に進んで入ってくるのは、何かおねだりしたい時だとゲンドウは知っていた。
どっしりとした安楽椅子に腰をかけているゲンドウは、指先でメガネをずり上げた。
「パパ!相談があるの!」
「アスカ。どうしたのかね?」
「聞いて!私、中学を卒業したらカヲルと一緒に留学したい!」
「それはまた…急な話しだ」
「留学して知識を深めて、パパみたいに教授になるのもいいわ」
「よし。じゃあ、約束しよう。留学だな」
「きゃあ!パパ大好きv」
アスカはゲンドウの首根っこにすがりついた。
「実は私もアスカに相談があってね」
「…え?」
「再婚、しようと思っているんだ」
ゲンドウが連れてきた再婚相手は、アスカも知っている顔だった。テレビで話題の辛口コメンテーターのユイだ。専門分野はゲンドウと同じで、以前テレビ番組でゲンドウと共演したことがあった。
「ユイさんとはテレビ番組で知り合ってね」
照れながら話す父親の顔を見て、アスカは半ば驚いていた。こんな顔のゲンドウを見た事がない。問題はユイが二人の子持ちだったというところなのだが、アスカは即決した。
「ま、パパが幸せになるならいいわ。私も兄妹ってものに興味があったし」
ユイの子はひとつ年上のシンジ、同い年のレイといった。どちらも生気がないカンジでアスカは拍子抜けした。
「あなた、私と同い年なのね。私のほうが誕生日が早いから私が姉ってことね」
「そう」
レイはアスカが差し出した手を何の気なしに握って、そのすべすべした感触に違和感を覚えた。女手ひとつで育てられたレイとシンジはこれまで苦労を重ねてきた。レイの手は苦手な料理でいつも傷だらけでガサガサだったのだ。
「今日から、五人は家族だ」
ゲンドウの声がアスカの頭に響いた。
翌日は午後から雨が降り出し、本格的な梅雨の時期の到来を告げていた。準備のいい生徒は雨傘を所持しているようだったが、アスカには傘の持ち合わせがなかった。
「もー!なんで降るのよっ雨の癖に生意気なのよっ」
アスカは学校の玄関から出られずに、空に向かって悪態を吐いていた。それで事が収まるわけでもなんでもないのだが、文句を言わずにはいられない。と、背後から肩を叩かれた。
「アスカ。天気予報を見ていなかったのかい?」
「フィフス」
カヲルが傘を差し出し、あたりからこそこそと囁き声が聞こえ始めた。カヲルは財閥の御曹司だけあって女子は皆チェックしているのだ。アスカとの仲を羨む声は年々大きくなっていることをアスカは知っていた。
「ちょっと!学校では声かけないでって言ってるでしょ!」
「おいおい、心外だな。アスカが雨に濡れそうなところに助けにきたっていうのに?」
カヲルの微笑に、アスカは怒る気持ちが失せていくのを感じていた。
「ま、いいわ。じゃあ傘借りるから」
「家まで送るよ。そこまでキースが迎えに来てるんだ」
「そ、そう」
一つの傘にカヲルと二人で入る。普段ならなんてことないが、女子生徒の視線が突き刺さる校内ではいたたまれない気持ちになる。アスカは気持ち早歩きになった。
「早すぎるよアスカ。ほら、歩調合せてくれないと濡れるよ」
濡れるまいとカヲルがアスカにぐっと近寄ったことで背後から悲鳴が上がる。アスカはため息をついた。なにをいわれようとも気にしないが、面倒はごめんだ。
ため息を吐く女子生徒たちのただ中にレイもいて、一部始終を見ていたことなどアスカには知る由もなかった。
いつものお気に入りの入り江の岩の上で、カヲルは膝を抱えて座っていた。足の間に頭を挟みこんで外界をシャットアウトする。まだ幼いカヲルには現実逃避の方法が、それ以外思いつかなかった。
散々泣き腫らして重たくなった瞼も、微かに視界に入る夕暮れの紅い色も、何もかもが鬱陶しい。
肉親の死というのはこれほどに悲しいものなのかと、カヲルの中の冷静な部分は考えていた。渚財閥は国内有数の資産家で、父親は事業の為にいつも忙しく働いている人だった。一緒に過ごした記憶は殆どないというのに、交通事故で亡くなったという訃報を聞いた時には意識せず涙が零れていた。数少ない思い出がフラッシュバックし、脳裏に映る度に虚しさがこみあげる。
考えていても仕方ない…。
逃避の手段として今日何度目かの「第九を脳内で演奏する」行為を行おうとしたその時だった。
カツ、カツン。
軽快な音がカヲルの下を向いた頭の前方に響いた。夕陽の紅がかげる。
「アンタ、バカァ?」
あまりの言葉にカヲルは顔を上げた。いや、上げてしまった。声で幼馴染のアスカだとは分かった。分かったのに、あまりの驚きで顔を上げてしまったのだ。
父親を亡くしたばかり幼馴染に言うべきセリフなのか?
アスカはお気に入りの黄色いワンピースを身にまとい、カヲルの真ん前に仁王立ちになって腕組みしていた。夕陽のおかげで、黄色いワンピースはオレンジがかった色みにみえる。
カヲルの腫れぼったい瞼と高揚した頬を見て、アスカは愛らしい顔を思いっきりしかめた。
「ホントにバカね」
「な、なんだよ!うるさいな!」
「バカだからバカって言ってんのよ!なんか文句でもあんの?」
「…お父さんが死んじゃったんだ」
「知ってるわよ」
「悲しんでちゃ悪いのかよ」
カヲルの頬を膨らませた抗議を受け、アスカは少し言いよどんだものの小さな手をきつく握り締めて言った。
「一番悲しんでるのはアンタじゃないでしょ?…アンタのママなんじゃないの?」
「え…」
「今はこんなところで一人で泣いてる場合じゃないって言ってんのよ!ママの傍にいてあげなさいよ…。さっき、アンタのこと探してウチに来たのよ、アンタのママ…」
「…」
「アンタには私と違って、優しいママがいるんだからいいじゃない!」
カヲルはようやく気付いた。いや、思い出した。アスカも去年、母親を病気で亡くしていたのだ。カヲルは立ち上がると尻の埃をパンパンと手で払い落とし、目の前のアスカを見据えた。アスカは自分の母親を思い出したのか、唇を真一文字に結んでいた。大きな蒼い瞳が心なしか潤んでいる。
「ありがとう、アスカ。ボク、帰るよ」
ひらり、と岩から飛び下りて砂浜を駆け出すと少し先に黒塗りのリムジンが停まっていた。執事のキースがカヲルが近付くのを確認し後部座席のドアを開いた。車に乗り込む前にカヲルが振り返ると、今度はカヲルの定位置にアスカが座りこんでいた。
「ありがとう」
カヲルは誰にも聞こえない小さな声でもう一度アスカにお礼を告げると、リムジンへと乗り込んだ。
カヲルとアスカは幼馴染で、家同士が家族ぐるみの付き合いをしていたこともあり、二人はまるで兄妹のように育った。年齢はカヲルが一つ上だったが、アスカはカヲルのことを大抵「アンタ」呼ばわりしていた。少し大きくなって二人きりの時には、アスカはカヲルを「フィフス」と呼んだ。祖父祖母父母の次に大切なので五番目という意味らしい。
お互い片親で一人っ子という共通点からか、二人の心の距離が近付くのに、それほど時間はかからなかった。
カヲルはある日いつもの岩の上で、横に座るアスカに尋ねた。
「アスカ。ボクは高校は海外へ行くことに決まってるんだけど、アスカも一緒に行かないか?」
「…そ、そんなに行ってほしいって頼むんだったら、行ってあげないこともないけど…?」
アスカはいつも通りの反応だが、これはイエスなのだとカヲルはもう知っていた。
「一緒に行けるなら、きっと楽しいよ」
「でも、パパは許してくれるかな?」
「ボクからも頼んでみるよ。ゲンドウおじさんは顔は恐いけど、話せばわかってくれると思うよ」
そうよね。フィフスと二人で留学か…。
アスカは胸が躍るのを感じた。カヲルといるだけで幸せな気持ちになる。なんだか急に恥しくなり、身を捩った。その時にふと指が触れ合う。
「あ…ごめ…」
「いいよ」
すぐに避けようとしたアスカの白く細い指先を、カヲルは素早く、それでいて優しく掴んだ。二人の間で組み合わされた指先が熱い。二人の腰掛ける岩に打ち寄せる波音だけが辺りに響く。
「ずっと、こうしていられたらいいのに。そう思わないかい?」
「そうね。でも、フィフスと留学も楽しみだわ」
アスカはそう言って水平線を眺めた。この海の向こうでのカヲルとの新しい生活。考えただけでドキドキした。
早速家に帰ると、父親のゲンドウ教授の部屋を訪れる。
ゲンドウは大学で教授として教鞭をとっており、部屋は専門書のかび臭い匂いで溢れている。アスカがこの部屋に進んで入ってくるのは、何かおねだりしたい時だとゲンドウは知っていた。
どっしりとした安楽椅子に腰をかけているゲンドウは、指先でメガネをずり上げた。
「パパ!相談があるの!」
「アスカ。どうしたのかね?」
「聞いて!私、中学を卒業したらカヲルと一緒に留学したい!」
「それはまた…急な話しだ」
「留学して知識を深めて、パパみたいに教授になるのもいいわ」
「よし。じゃあ、約束しよう。留学だな」
「きゃあ!パパ大好きv」
アスカはゲンドウの首根っこにすがりついた。
「実は私もアスカに相談があってね」
「…え?」
「再婚、しようと思っているんだ」
ゲンドウが連れてきた再婚相手は、アスカも知っている顔だった。テレビで話題の辛口コメンテーターのユイだ。専門分野はゲンドウと同じで、以前テレビ番組でゲンドウと共演したことがあった。
「ユイさんとはテレビ番組で知り合ってね」
照れながら話す父親の顔を見て、アスカは半ば驚いていた。こんな顔のゲンドウを見た事がない。問題はユイが二人の子持ちだったというところなのだが、アスカは即決した。
「ま、パパが幸せになるならいいわ。私も兄妹ってものに興味があったし」
ユイの子はひとつ年上のシンジ、同い年のレイといった。どちらも生気がないカンジでアスカは拍子抜けした。
「あなた、私と同い年なのね。私のほうが誕生日が早いから私が姉ってことね」
「そう」
レイはアスカが差し出した手を何の気なしに握って、そのすべすべした感触に違和感を覚えた。女手ひとつで育てられたレイとシンジはこれまで苦労を重ねてきた。レイの手は苦手な料理でいつも傷だらけでガサガサだったのだ。
「今日から、五人は家族だ」
ゲンドウの声がアスカの頭に響いた。
翌日は午後から雨が降り出し、本格的な梅雨の時期の到来を告げていた。準備のいい生徒は雨傘を所持しているようだったが、アスカには傘の持ち合わせがなかった。
「もー!なんで降るのよっ雨の癖に生意気なのよっ」
アスカは学校の玄関から出られずに、空に向かって悪態を吐いていた。それで事が収まるわけでもなんでもないのだが、文句を言わずにはいられない。と、背後から肩を叩かれた。
「アスカ。天気予報を見ていなかったのかい?」
「フィフス」
カヲルが傘を差し出し、あたりからこそこそと囁き声が聞こえ始めた。カヲルは財閥の御曹司だけあって女子は皆チェックしているのだ。アスカとの仲を羨む声は年々大きくなっていることをアスカは知っていた。
「ちょっと!学校では声かけないでって言ってるでしょ!」
「おいおい、心外だな。アスカが雨に濡れそうなところに助けにきたっていうのに?」
カヲルの微笑に、アスカは怒る気持ちが失せていくのを感じていた。
「ま、いいわ。じゃあ傘借りるから」
「家まで送るよ。そこまでキースが迎えに来てるんだ」
「そ、そう」
一つの傘にカヲルと二人で入る。普段ならなんてことないが、女子生徒の視線が突き刺さる校内ではいたたまれない気持ちになる。アスカは気持ち早歩きになった。
「早すぎるよアスカ。ほら、歩調合せてくれないと濡れるよ」
濡れるまいとカヲルがアスカにぐっと近寄ったことで背後から悲鳴が上がる。アスカはため息をついた。なにをいわれようとも気にしないが、面倒はごめんだ。
ため息を吐く女子生徒たちのただ中にレイもいて、一部始終を見ていたことなどアスカには知る由もなかった。
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テーマ : 二次創作小説(版権もの
ジャンル : アニメ・コミック